秋葉の火祭り
安政二年の四月の半ば、次朗長が朝食を軽く済ませて表へ出て二丁か三丁歩くと、喧嘩だ喧嘩だという騒ぎ。
見ると大勢の男が一人の男を胴上げにして巴川に放り込もうとしているが、大勢のほうは自分の子分たちだから驚いた。
この男は自分が預かるからと、子分たちを帰し、男を連れて富士見屋という茶屋旅籠(ちゃやはたご)へ寄る。
男の身なりが汚いので風呂に入れてやり、新しい着物を用意してやる。
この男が法印大五朗。
法印(山伏)を嫌ってやくざになり、甲州は武居安五郎の子分となったが、訳あって甲州を出た。
先ほどの騒ぎは次朗長の子分とのほんの行き違いからと解る。
話を聞くうちに大五朗が、元の親分の武居を犬畜生と呼ぶ。
それを聞いて次朗長が怒ったが、大五朗には武居を犬畜生と呼ぶ理由があるという。
その理由とは。
大五朗は兄弟分の神沢小五郎に手を貸してくれと頼まれる。
小五郎の女房のお島が家へ男を引き入れて楽しんでいるから、叩ッ斬ってやろうと思うんだが、逃げられちゃ面白くねえから裏口を見張ってくれというのだ。
引き受けて裏口へまわると、小五郎が中へ乗り込んだが、乗り込んだ途端に静かになった。
斬っちまったかなと、中を覗いて驚いた。
小五郎は、布団の上の間男とお島に向かって手をついている。
そして、間男は親分の武居安五郎だった。
黙って様子を聞いていると、武居が大声で怒鳴った。
「やい、小五郎。お島は今はてめえの女房だが、元は東海道の肴屋の親分のかみさんだろう。てめえと二人で心を合わして、肴屋の親方を殺害して、五十両という大金を盗んで甲州へ逃げてきやがった。てめえがそういう悪いことをしているから、こういう目に合うのは当たり前だ」。
それを言われちゃあどうにもならねえと小五郎は引き下がるが、怒った大五朗は武居と親分子分の縁を切って出てきた、という理由。
聞いて次朗長が喜んだ。
三年前、小五郎に殺された肴問屋増川屋佐太郎は、次朗長の姉の亭主で、お島はその後妻。
甥の増川仙右ヱ門は親の敵(かたき)が討ちたいと剣術を習い、次朗長は敵を探していたのだ。
敵を討たしてくれと次朗長が頼むと大五朗は、まともに行っても返り討ちに合うから自分の言う通りにしてくれ。
十月に遠州秋葉三尺坊の火祭りがあり、そこへ武居と、小五郎も行く。
自分が小五郎を山の麓へ連れ出すから、そこで斬ってくれ。
次朗長の子分となった大五朗と、次朗長、仙右ヱ門は、十月に秋葉三尺坊の火祭りへ行き、仙右ヱ門は親の敵を討つ。